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<<   作成日時 : 2016/03/24 21:06   >>

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気持玉を2個も戴いたので、気を良くして投稿している。この連休最終日、樋曽山へ行った帰りに「間手橋」という地名を通ったので調べていたら、次のようにあった。治承四年、後白河法王と共に平家討伐の兵を挙げ、戦いに破れて自害した源頼政は実は生き延びて菖蒲御前と共に越後の地に落ち延びた。訳があって頼政自身は峰岡に住み、菖蒲御前は竹野町に住まわせた。そのため、毎日峰岡から竹野町まで頼政が通い、妻の菖蒲御前は橋の上で夫の来るのを待っていたと言う。それが「待て橋」であり、そのうちに「間手橋」になったのだという。以下にそのサイトを示すが、表題に近づくには少し遠回りだ。
出典:『新潟県伝説集成 下越篇』小山直嗣・著(一九九六年)P155
http://www.geocities.jp/shige_chan2005/legend/maki.html

広報「まき」平成17年2月10日号、町の風土史vol.933によれば、巻市街から、堀山、「間手橋」、鷲ノ木、峰岡、福井を経て、角田山地を越え日本海沿いの五ケ浜・角海浜に通じる道が「浜街道」だ。角田山地を越え五ケ浜に出る峠が五ケ峠、昔は福井の遍照寺前を通って五ケ浜へ行った。角海浜への道は、福井からの道と岩室村樋曽からの道があった。前者が福井峠、後者が樋曽峠である。

角海浜の人たちは、山を越えて巻方面へ行くことをザイゴ(里方)に出るといい、福井峠を越えて福井に入り、巻へと向かった。弥彦・和納・吉田方面へ出かけるときは、樋曽峠を利用した。五ケ峠、角海浜への新道開削工事は大正10年に始まり、現在の五ケ峠が大正末に開通した。しかし、五福トンネルの完成により、今はこの峠を越える必要もなく、五ケ浜と福井の間は車で5分とかからない。


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